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千葉地方裁判所 昭和35年(ワ)55号 判決 1962年5月31日

判  決

千葉市幕張町六丁目一二九番地

原告

岡村栄七

右訴訟代理人弁護士

江幡清

千葉市幕張町五丁目一五〇番地

被告

今関高

右訴訟代理人弁護士

小川徳次郎

右当事者間の、昭和三五年(ワ)第五五号損害賠償請求事件について、当裁判所は、次の通り判決する。

主文

一、被告は、原告に対し、金一五九、四九〇円及び之に対する昭和三五年三月二一日からその支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払はなければならない。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、之を五分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

四、本判決は、原告に於て、金五〇、〇〇〇円の担保を供するときは、第一項に限り、仮に、之を執行することが出来る。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金八二一、九九五円及びこれに対する昭和三五年三月二一日からその支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払わなければならない、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は、昭和一五年二月三日、被告からその所有に係る千葉市幕張町五丁目一五〇番地の二所在の宅地一二七坪五合のうち三〇坪を、建物所有の目的で、存続期間賃借の日から向ふ三〇ケ年間の約定の下に、賃借し、同土地上に、二戸建一棟の建物を所有し、之を訴外志村たき及び同桜井常作の両名に、その各一戸を賃貸し来たつて居たものであるところ、右建物は、改築を必要とする時期に達して来たので、昭和二五年頃から、数度に亘り、被告に対し、右改築の意図のあることを告げて、その承諾方を求めると共に、引続き右土地の賃借を為し度き旨を申入れて居たところ、被告は、右改築を為すことを承諾すると共に、改築後も引続き之を原告に賃貸することを承諾したので、原告は、右改築の準備として、先づ、右一戸の賃借人である右訴外志村たきから、昭和三〇年八月一日、その明渡を受けて、之を空家となし置き、次いで、他の一戸の賃借人である右訴外桜井常作に対し、その明渡を求めたのであるが、応じなかつたので、その明渡請求の訴を提起し、その結果、裁判上の和解が成立し、昭和三四年二月二七日、その明渡を受けたので、訴外戸谷工務店に新に建築すべき建物の設計及び前記建物の取毀方を依頼し、同工務店は、昭和三四年四月二三日までに、右取毀及び右設計図の作成を完了したので、同年五月に入ると早々に右建築に着手し、同年五、六月の二カ月を以てその工事を完了し、同年七月から之を他に賃貸する意図の下に、その工事に取りかからうとしたところ、同年五月一〇日に至り、右土地の周囲にトタン板で囲が為されて居ることを発見したので、早速被告にことの次第を尋ねたところ、被告は、之を訴外保田宏に売却したとの返事であつたので、驚いて調査したところ、被告は、同月八日、右土地を分筆の上、右訴外人に売渡し、即日、その登記を了し、その頃、その引渡をも了したものであることが判明した。而して、斯る事実のある以上、被告の前記契約に基く債務は、被告の責に帰すべき事由によつて、履行不能に帰したものであることが明かであるから、原告は、本件訴状を以て、被告に対し、前記契約を解除する旨の意思表示を為した。従つて、右契約は、本件訴状が被告に送達された日に解除されるに至つたものである。

二、而して、原告は、被告が、右債務を履行不能に帰せしめた結果、左記各損害を蒙るに至つたので、被告は、原告に対し、その賠償を為すべき義務がある。

(1)  金六、四五〇円。

前記改築準備の為め、前記訴外志村たきから明渡を受けた一戸を空家として置くことを余儀なくされたことによつて失つた得べかりし利益である、昭和三〇年八月一日から前訴外桜井常作から他の一戸の明渡を受けて、工事に着手し得るに至つた時期である昭和三四年二月末日までの四三カ月分の月額金一五〇円の割合による家賃の合計額に相当する損害金。

(2)  金九九、三二〇円。

前記改築準備の為め、訴外桜井常作を立退かせる必要上、支払を余儀なくされて、同訴外人に支払つた移転補償料金八〇、〇〇〇円、及び右訴外人を立退かせる為め、放棄することを余儀なくされて放棄した同訴外人居住の一戸に対する昭和三三年一月一日から前記明渡の為された日までの家賃計金一九、三二〇円の合計額に相当する損害金。

(3)  金三二、五二〇円。

前記訴外戸谷工務店に支払つた前記建物の取毀料金三二五二〇円に相当する損害金。

(4)  金三、〇〇〇円

右訴外戸谷工務店に支払つた設計図作成料金三、〇〇〇円に相当する損害金。

(5)  金二、五〇五円。

前記建物取毀の際、清めの為めに、近隣に提供した清酒三升の代金二、五〇五円に相当する損害金。

(6)  金六三〇、〇〇〇円。

前記建物を改築して他に賃貸したならば得べかりし昭和三四年七月から昭和四五年一月までの月額金五、〇〇〇円の割合による一〇年六月間の家賃合計金六三〇、〇〇〇円を失つたことによつて蒙つた右額に相当する損害金。而して、右損害は、特別の事情に基くものであるが、この損害の発生は、被告に於て明かに之を予見し得たものであるから、被告に於て、その賠償を為すべき義務のあるものである。

(7)  金五〇、〇〇〇円。

被告が、従前の情誼を無視し、何等の通告なくして、前記土地を第三者に売渡したことによつて原告が蒙つた精神上の苦痛、及び被告の右所為によつて、原告が近隣に対する面目を失つたことによつて蒙つた精神上の苦痛に対する慰藉料。

以上合計金八二三、七九五円。

三、然るところ、原告は、昭和三四年一月分から同年五月分(但し、五月分は日割計算すべきものであるが、計算の煩を避ける為め一カ月分として計上する)までの賃料合計金一、八〇〇円(月額金三六〇円)が未払であるから、この債務と右債権を対当額で相殺する。従つて、右債権の額は八二一、九九五円となる。

四、仍て、被告に対し、右損害賠償金八二一、九九五円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三五年三月二一日からその支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による損害金の支払を命ずる判決を求める。

と述べ、

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

一、被告が、原告主張の日に、被告の所有に係る原告主張の土地を、建物所有の目的を以て、原告に賃貸し、原告が、同土地上にその主張の二戸建一棟の建物を所有し、その各一戸を、夫々、原告主張の訴外人等に賃貸して居たこと、その後、右訴外人等が、夫々、その賃借部分を明渡したこと、及び原告が、その主張の頃、訴外戸谷工務店に依頼して、右建物を取毀したこと、並に被告が、昭和三四年五月八日、右土地を訴外保田宏に分筆売却して、同日、その登記を了し且その引渡を為したことは、孰れも、之を認めるが、右訴外人等が右明渡を為した時期及びその理由等は不知。

二、右土地の賃貸期間が賃貸の日から向う三〇ケ年の約定であつたこと、被告が、右建物を改築することを承諾し、且改築後も引続いて、右土地を原告に賃貸することを約したこと、及び右契約に基く債務が、被告の責に帰すべき事由によつて、履行不能に帰したことは、孰れも、之を否認する。

三、右建物は、朽廃によつて、取毀さざるを得なくなつた為め、原告に於て、之を取毀したものであつて、前記賃貸借契約は、右建物の朽廃によつて、昭和三四年四月六日、消滅に帰したものである。而して、被告は、その後、右土地を原告に賃貸する旨の契約を締結したことなどは全然ないのであるから、被告に於て、債務不履行を為し、若くは債務を履行不能ならしめたと云う様なことは全くあり得ないところである。

四、原告が、その主張の損害を蒙つたことは、全部、之を否認する。

と述べ、

証拠(省略)

理由

一、原告が、その主張の日に、被告から、建物所有の目的を以て、被告の所有に係る原告主張の土地を賃借し、同土地上に原告主張の二戸建一棟の建物を所有し、その各一戸を、夫々、訴外志村たき、及び同桜井常作に賃貸し来たつて居たこと、及び原告が、訴外戸谷工務店に依頼して、之を取毀したことは、当事者に争のないところである。

二、而して、(証拠)を綜合すると、前記建物は、昭和五年頃、他から移築した建物であつて、終戦後は、手入などもしなかつた為め、改築を必要とする程度にまでいたんで居たので、原告は、之を改築の上、新に、他に賃貸収益することを思い立ち、その頃から、被告に対し、再三に亘つて、右改築を為すことについての承諾を求めると共に、改築後も引続いて右土地を原告に賃貸することの承諾を求め来たつて居たものであるところ、被告は、之に対し、一回も、明示若くは黙示によるその拒否の意思表示(不承諾若くは不同意の意思を表示することによる拒絶の意思表示)を為したことがなかつたので、原告は、被告が、右改築及びその後に於ける引続いての賃貸を承諾したものと信じ、その結果、右建物を取毀し、賃貸用の建物を新に建築することを決意し、先づ、原告主張の日に、右建物の一戸の賃借人である前記訴外志村たきを立退かしめて、之を空家と為し置き、次いて、他の一戸の賃借人である前記訴外桜井常作に対し、家屋明渡請求訴訟を提起し、裁判上の和解を為して、原告主張の日に、同訴外人から右一戸の明渡を受け、次いで、新に建築すべき建物の設計及び右建物の取毀方を訴外戸谷工務店に依頼し、同工務店は、原告主張の日までに、右設計図の作成と右建物の取毀とを完了したことが認められ、(中略)他に、右認定を動かすに足りる証拠はなく、而して、以上に認定の事実によつて之を観ると、原告は、被告の態度によつて、被告が、原告の為した右改築及び改築後に於ける右土地の継続賃貸の申入を承諾したものと信じたことが認められ、この事実と右認定の被告の態度とを併せ考察すると、原告が右の様に信じたことは極めて自然であつて、斯る場合に於ては、被告は、暗黙裡に原告の右申入を承諾したものと認定するのが相当であると認められるので、被告は、黙示の意思表示によつて、右改築を為すことを承諾すると共に、右改築後に於ける右土地の継続賃貸方を約諾したものであると云うべく、而して、この事実と右認定の事実とを綜合すると、原告は、被告の為した改築後に於ても従前通り右土地を原告に賃貸すると云う約諾を信頼して、右に認定の一連の行為を為したものと認定するのが相当であると認られるところ、被告が、原告主張の日に、右土地を分筆の上、訴外保田宏に売却し、同日、その登記を了し、且、その頃、その引渡をも了したことは、弁論の全趣旨によつて、当事者間に争のないところであると認められるので、右土地を原告に継続賃貸すべき被告の債務は、被告の右所為によつて、履行不能の債務となつたものと認定するのが相当であり、従つて、被告の右債務は、その責に帰すべき事由によつて、履行不能の債務に帰せしめられたものと云うべく、而して、被告の右債務が履行不能の債務に帰した以上、原告の意図した新な建物を建築することは不可能となり、この目的の為めに原告が為した前記一連の行為は、原告にとつて、すべて、無益な行為を為したことになるものであるから、右各行為を為すについて支出した費用若くはその各行為を為したことによつて支出した費用等は、すべて、原告にとつて、無益な費用であることに帰着し、従つて、原告は、それによつて、右支出したと同額の損害を蒙るに至つて居るものと云わなければならないものであるところ、原告が、被告の為した前記約諾を信頼して、右一連の行為を為したものであることは、前記説示の通りであるから、被告がその債務を履行不能ならしめたことと右損害の発生との間には、因果関係があるものと認定せざるを得ないものであり、而して、右損害は、履行不能によつて通常生ずべき損害であるとは云い難く、従つて、特別の事情によつて生じた損害であると云わざるを得ないものであるが、前記認定の事実によると、被告は、右損害の発生することを予見し得たものであると認め得るから、被告は、原告に対し、右損害の賠償を為すべき義務のあるものであると云わざるを得ないものである。尚、原告が、被告がその債務を履行不能ならしめたことを理由として、本件訴状を以て、被告に対し、前記契約を解除する旨の意思表示を為し、右訴状が昭和三五年三月二〇日被告に送達されたことは、当裁判所に顕著な事実であるから、右契約は、同日を以て、解除され、消滅に帰して居るものである。

三、然るところ、被告は、原告が右建物を取毀したのは、同建物が朽廃した結果によるものであるから、その取毀等に要した費用は、当然、原告に於て負担すべきものであり、仮に、それ等に要した費用が原告にとつて損害となるものであるとしても、被告に於て、原告の為した改築承諾の申入並に改築後に於ける土地賃貸継続承諾方の申入を承諾したことなどは全然なく、而も、従前の契約は、右建物の朽廃によつて、昭和三四年四月六日、消滅に帰して居るものであるから、被告は、原告に対し、その主張の債務を負担して居らず、従つて、債務不履行若くはその履行不能と云う様な事態を生ぜしめる余地はないから、被告に於て、その損害賠償を為すべき義務などは全くないと云う趣旨に帰着する主張を為して居るのであるが、右建為が建物としての効用を失い、全く朽廃に帰して居た事実は、之を認めるに足りる証拠がなく、却つて、前顕証拠によると、前記の通り認定することが出来、而も、この事実と原告本人の供述とを綜合すると、右建物は、移築以来二〇余年を経過し、而も終戦後は手入を為さなかつた為め、相当にいたんで居り、従つて、収益は少く、而も修繕して之を賃貸するよりも、改築の上、之を賃貸する方が収益が多いので、改築を思い立ち、被告の改築承諾並に土地賃貸継続の承諾を得た上、前記一連の行為に出たものと認められるので、右建物が朽廃した結果、之を取毀したものとは、認め難く、従つて、又、右建物が朽廃したことによつて、従前の賃貸借契約が消滅した事実も亦認め難く、而して、被告が、右改築並に土地賃貸継続方の承諾を為したことも前記認定の通りであるから、被告主張の各事実のあることは、孰れも、之を認め難く、従つて、被告の右主張は、全部、理由がないことに帰着するから、孰れも、之を排斥する。

四、而して、原告は、その蒙つた損害の額は、その主張の通りである旨主張して居るので、按ずるに、

(イ)、(1)原告が、前記改築準備の為め、その主張の日に、訴外志村たきを、その賃貸した前記建物の一戸から立退かしめ、爾来、この一戸を空家と為し置いた為め、右立退を為さしめた日から右建物を取毀すに足るまでの得べかりし月額金一五〇円の割合による賃料の内四三カ月分合計金六、四五〇円を得られなかつたことは、(証拠)によつて、之を認定することが出来るので、原告は、右賃料を得られなかつたことによつて、同額の損害を蒙つたものと云うべく、

(2) 又、原告が、右準備の為め、右建物の他の一戸の賃借人である訴外桜井常作を立退かせる為め、同訴外人に対し、立退補償金として金八〇、〇〇〇円の支払を為し、且、未払家賃金一九、三二〇円の債権を放棄したことは、(証拠)によつて、之を認定することが出来るので、原告は、右支払並に放棄によつて、その合計額と同額の損害を蒙つたものと云うべく、

(3) 更に、原告が、訴外戸谷工務店に依頼して、右建物の取毀及び新築建物の設計図の作成を為さしめ、同工務店に、右建物取毀代金として金三二、五二〇円、右設計図作成代金として金三、〇〇〇円の、各支払を為したことは、(証拠)によつて、之を認定することが出来るので、原告は、右支払を為したことによつて、その合計額と同額の損害を蒙つたものと云うべく、

(4) 而して、被告が、前記所為によつて、その債務を履行不能の債務に帰せしめ以て、原告の信頼を裏切つたことによつて、原告が、若干の精神上の苦痛を蒙つたことは、原告本人の供述によつて、之を認定することが出来るので、この点に於ても、原告に損害があつたものと云わなければならないものであるところ、右苦痛に対する慰藉料の額は、原被告間の従前の関係と原告の前記意図を被告が知つて居たこと等の事情の存することと前記認定の諸事実のあること等を綜合して、金二〇、〇〇〇円を以てその額とするのが相当であると云うべく、

(ロ)  更に、原告は、右各損害の外に、

(1)  前記建物を取毀すについて、近隣の人々に清酒三升を振舞い、その代金として合計金二、五〇五円を酒店に支払つたので、之によつて、右支払を為した額と同額の損害を蒙つた旨主張し、右支払を為した事実は、(証拠)によつて、之を認定し得るので、原告は、之によつて、右支払を為した額と同額の損害を蒙つたものと云い得るのであるが、右の如き損害は、特別の事情によつて生じた損害と云う外はないものであるところ、被告に於て、之を予見し若くは予見し得た事実のあることを認めるに足りる証拠はないのであるから、被告に対し、その損害の賠償を求めることは出来ないものであると云うべく、

(2)  又、前記建物を改築し得たならば、之を他に賃貸し、爾後一〇年六月間に合計金六三〇、〇〇〇円の賃料を取得し得たものであるに拘らず、被告がその債務を履行不能ならしめた結果、右改築を為すことが出来ず、この為め、右取得し得べかりし賃料を取得することが出来ず、右と同額の損害を蒙つた旨を主張して居るのであるが、原告が、右改築を意図したのは、改策建物を他に賃貸して収益を挙げることを目的としたものであることが、原告の主張自体と原告本人の供述とに徴して明白なところであるから、原告は、要するに賃貸建物の建築と云う方法による資本の投下によつて、その利潤を得ようとしたものであると云うべく、従つて、原告に於て、その資本の投下を為さない以上、利潤の獲得と云うことのあり得ないことは当然の事由であり、而して、右家賃なるものは、要するに投下資本に対する利潤に外ならないものであるから、資本の投下の為されない以上、当然に、之を取得し得ないものであるところ、本件に現われた証拠によれば、原告は、右資本投下の為めに、換言すれば、右改築の為めに、更に、他の言葉で云へば、賃貸建物を建築する為めに、その準備として、前記行為を為したに過ぎないものであつて、それ以外には、何等の行為をも為して居ないこと、換言すれば、右賃貸建物の建築について何等の支出をも為して居ないことが、原告本人の供述によつて認められるので、原告は、右目的の為めの、即ち利潤獲得の為めの、換言すれば、家賃と云う収益を得る為めの、資本の投下は、全然、之を為して居ないものであると認定する外はなく、而して、資本の投下のない限り利潤の獲得と云うことのあり得ないことは、前記説示の通りであるから、原告に於て、右賃料を取得し得ると云うことはあり得ないところであり、従つて、原告に於て、右改築を為し得なくなつたことによつて、その主張の得べかりし利益を失つたと云うことは、起り得ないところであるから、右によつて原告主張の損害が発生したと云う事実は、之を否定せざるを得ないものである。

五、以上の次第であるから、原告は、被告に対し、原告主張の損害額の中、右(イ)の(1)乃至(4)の損害額合計金一六一、二九〇円の賠償を求め得る権利を有し、その余は、その賠償を求め得ないものであるところ、原告は、被告に対し、金一、八〇〇円の地代債務を負担して居ることを自認した上、右債務と右債権とを対当額で相殺する旨の意思表示を為したので、右債権額中、右債務額に相当する部分は、右相殺によつて消滅に帰して居るので、右消滅した額は、右債権額から控除すべきものである。

故に、被告に対し、右損害賠償金残額一五九、四九〇円及び之に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが当裁判所に顕著な日である昭和三五年三月二一日からその支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める部分の請求は正当であるが、その余の部分の請求は失当である。

六、仍て、原告の請求は、右正当なる部分のみを認容し、その余は、之を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、尚、原告勝訴の部分については、仮執行の宣言を附するのが相当であると認められるので、同法第一九六条を適用し、職権を以て、仮執行の宣言を附し、主文の通り判決する。

千葉地方裁判所

裁判官 田 中 正 一

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